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明日は晴れるだろう…

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子供達の野球を中心に時が過ぎて行く我が家の記録です。

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強いなぁ 

昨日は長野県の秋季大会の事を書きましたが、本日は大阪の秋季大会の事にふれさせて頂きます。

我が母校は大阪府吹田市にある関西大学第一高等学校です。

ことある事に書いていますが、現在阪神タイガースの先発ローテーションの一角を担っている久保投手が在籍していた当時、かの松阪投手擁する横浜高校とセンバツ決勝を戦い、惜しくも準優勝した実績を有しています。

ただ、それ以降は甲子園出場はおろか、大阪大会でも上位進出に手が届いていないのが最近の実力です。

しかしこの秋季大会で久々3回戦を突破し本日が4回戦でした。

関大一 1-8x 大阪桐蔭 (8回コールド)

相手校は甲子園を春夏連覇した大阪桐蔭でした。

もちろん新チームですので、甲子園の戦力をそのままあてはめる事はできませんので、やってみないと判らない部分もありましたが、近年の実力差が現れた結果となりました。

あと少し踏ん張ればコールドを免れられたのが残念ですね。


甲子園に出場した当時は故・尾崎監督が指揮を揮っておられました。

私が在校生だった頃も尾崎監督でしたが、当時はPLや浪商が全盛期でしたし、同じ私立でも学業寄りの学校でしたので野球部はそれほど注目される部ではありませんでした。

私が大阪の会社に勤めていた頃、大阪大会の決勝が会社近くにある日生球場で行われていたのですが、甲子園出場を決める前年夏、関大一高は決勝で履正社に惜敗し、あと一歩で甲子園出場を逃しました。

私自身、それまで見向きもしなかった母校野球部でしたが、この時から注目する様になり、そして翌年のセンバツで何十年振りかの甲子園に出場し、そして準優勝、その夏も再び甲子園に出場し上位進出を果たしました。

決勝の対横浜戦を三塁側アルプスから応援した時の事は今でも頭の片隅に記憶しています。なかなか出来ない経験ですしね。

尾崎監督が退任された後を継いだのはOBでもある豊島監督でした。氏は私が中高時代の社会科の先生でした。野球部というより柔道部的な風貌でしたが、授業は丁寧で、若いのに落ち着いた雰囲気の先生でした。何よりOBであり母校の先生になっているって、それは”エリート”ってのが生徒達の持っていたイメージでもありましたが、最終的には校長をつとめられ、一昨年に退任されました。

その後、チームを率いている相良監督ですが、氏は私が在籍中に教育実習生として、その後、新任の教師として着任されたと記憶しています。
氏もまた野球というより柔道よりの印象でした。

昔話を書いてしまいましたが、いまでも母校の戦績は気になります。

来春も、来夏も、遠くから応援したいと思います。
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